アダルトチルドレンのための静岡発 磐田浜松 心理カウンセリング

磐田浜松 心理カウンセリングでアダルトチルドレンの生きづらさを手放せた!前編

静岡県磐田市のお茶畑を臨むセラピールームから。

こんにちは、汰緒鞠映(タオマリエ)です。

今日の記事では、アダルトチルドレン歴40年以上の私が、今自分の人生を楽に過ごせるようになった道筋を振り返ってみようと思います。

今現在、アダルトチルドレンの生きづらさを抱えているあなたに対して、何かのヒントを提供できますように・・・

★このテーマは記事を二つに分けています。こちらは前半です。

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生きづらさあれこれ

まず初めに、アダルトチルドレンの生きづらさってどんな感じなのでしょうか。私の例を挙げてみたいと思います。

―自分の気持ちや意見がわからない

―疎外感が強い

―人の顔色をうかがう

―とにかく自信がない

ー気分の浮き沈みが激しい

我ながら、こんな生きづらさをずっと抱えて過ごしていたんですよね。これではどんな人でも疲れてたまらないでしょう。

あなたはいかがですか?ひょっとして、そうそう、こういう感覚あるある、って頷いている?

私は心理カウンセリングに出会い、自分なりに取り組んでからは、生きづらさがかなり減りました。ほぼなくなった、と言ってもいいくらいです。

時にふっと昔の感覚を感じる時でも、「私はもう大丈夫」と思えます。

では、ここから、まずは私が自分のアダルドチルドレン傾向を育てていった道筋を振り返ってみます。

アダルトチルドレンの自分を発見した日

まさかの「愛しすぎる女」だった !?

「愛しすぎる女」ってちょっと文学的 な響きがしますよね。実は、私は自分が「愛しすぎる女」だと初めて指摘されたとき、何のことかわかりませんでした。

あることがきっかけで『Women Who Love Too Much(愛しすぎる女たち)』という本に出会いました。著者は、ロビンノーウッド(米国のアルコール依存症・恋愛依存専門の心理セラピスト)です。

その本には、共依存の恋愛関係で困難や苦しみを抱える女性たちのストーリーが綴られていました。その女性たちは、いわゆるアダルトチルドレン*で、私には初めて出会った言葉と概念でした。

(*アダルトチルドレンとは、アルコール依存症の親を持つ成人した子どものこと)

本を紹介してくれたのは、今から30年以上前に、夫のアルコール問題で初めて訪ねた病院の心療内科の先生。「あなたのことが書いてあるから、読んでみてください」と言われたのです。

アルコール依存症の夫ではなく私自身の問題?

夫のアルコール依存症で困って相談しに来たのに、私自身に問題があるような口ぶり。でもその本を手に入れて読んでみたら、仰天し、涙があふれ、ドキドキが止まらなくなったのを覚えています。

自分はアダルトチャイルドなのだ。共依存の恋愛や結婚をして、自ら不幸を選んでいるんだ、と知りました。長年の不安定な自分の心や生きづらさのルーツであったと理解したのです。

アダルトチルドレンって何?思う人は『アダルトチルドレンの私ってなあに?』

心理カウンセリングとの出会い

原因がわかって霧が晴れた

そもそも、なぜ私は男性に対して、わざわざ不幸な共依存関係を作ってしまうのか。なぜ、こんなに自分が不安定で生きづらいのか。その答えを探すうちに、あるきっかけで心理カウンセリングを学ぶことになり、ヒントを得ました。

心理カウンセリングの考え方は、人が抱える悩みは、子どもの頃の親(主に母親)との関係を大きな原因と捉えるものです。学びを通して、私は子どもの頃からずっと、そして大人になっても、母との関係は「共依存」だったとあらためて理解しました。

共依存とは、特定の相手との関係に過度に依存すること。相手の感情や行動に対して責任を感じて自分がなんとかしなければ、という心理状態をいいます。

共依存について『共依存がアダルトチルドレンにもたらすものは?』

子どもの頃の私の家族

子どもの頃の私は、母と父にとっての「良い子」「優秀な子」でなければいけない、と頑張っていました。母親はしつけに厳しく、父親は家や家族のことは「我関せず」の人でした。家の中で孤軍奮闘する母親を助けてあげないといけない、と子ども心に思っていました。

さらに、家の中には嫁と姑の(母対祖母)の冷たい戦争が絶えずありました。やはり父親はどちらにもつかない無関心な態度。私は祖母に溺愛されていました。夜に暗闇が怖くて祖母のお布団に潜り込むことがよくありました。すると、母が祖母の部屋にやってきて「また!」と大きな声を出して私を連れ戻します。

小さな私にとっては、母は優しい人ではなく「鬼」のように恐ろしい存在でした。「祖母に甘やかされて私がわがままになったから、私をまともにするために厳しくしつけをしているんだ。」小さな頭で考えついた答えがそれでした。

子どもの頃の私のイメージは、「仲の悪い大人の間で顔色を見ながら、傷つきを隠しながら、必死にサバイバルしてきた孤独な女の子」です。

「子どもは親に迷惑をかけてはいけない」

子どものころから、母から言語や態度で受け取っていたメッセージがありました。それは「泣いたり、ぐずぐず言ったりしてはいけない。人様に対してお行儀が良くて挨拶がきちんとできる子どもでないといけない」というもの。

そんな日常の中で、私の心には「親に迷惑をかける子どもはダメな子どもだ」という信念が固まっていきました。

その信念は、大人になった頃には、崩せない固い常識になっていました。でも、それが普通のことだと思っていたんですよね、ある時までは・・・

頭にレンガが落ちた日

子どもの仕事は親に迷惑をかけること

最初に入った心理カウンセリングのグループでは、一般向けの会がありました。先生が大勢の前で公開セッションをし、心理に関する質問にも答えてくれるというもの。

毎回熱心に参加していた私は、ある時の回で、先生が発した言葉に大きな衝撃を受けることになります。親と子の関係の話をしていた時、先生はこんなことを言いました。

「子どもの仕事って何か知ってるかい?」

「子どもの仕事はね、親に迷惑をかけることだよ」

その言葉を聞き終わった時、頭にレンガが降ってきたような衝撃を受けました。そして気がつくと、涙があふれて止まらなくなっていたんです。

崩れ落ちた私の常識

その時、私の堅い常識がガラガラと音を立てて崩れ落ちたんです。これまで一度だって疑わなかったことでした。親に迷惑をかけないのが良い子なんだ、子どもは親に迷惑をかけたりしてはいけない、と。

でも、そんなのは常識でも何でもなかった!涙が止まらなかったのは、誰かに教えてほしかった真実が、あの言葉でストレートに心に届いたからなのかもしれません。

先生のあの言葉は、親にとって子どもは自分の思い通りにならないもの。思い通りになる子は「迷惑をかけない」良い子かもしれない。けれど、それでその子は自分らしく人生を送れるだろうか、その子は幸せだろうか、という投げかけだったのです。

あの時の瞬間が、私の人生の道筋を変えた、といっても大げさではないかもしれません。

心理カウンセリングで変わっていく自分

「ダメな自分」と決めた理由

子どものころの親との関わりの中で、人はセルフイメージを作っていくと言われます。私が学んだ交流分析という心理学では、禁止令決断を心に刻むと考えられます。

「○○ではいけない」「○○な自分はダメだ、価値がない」というように決断するのです。平易な言い方では、思い込みとかビリーフ(信念)と言ったりします。

例えば、私には「自分であってはいけない」という特に強い信念がありました。だって自分はわがままで冷たい人間だから、そんな自分は母に愛されないし守ってもらえない。だから、そうではない自分にならないといけないと決めたのです。

よくよく思い返すと、「わがままで冷たい人間」とは、母にとっての父と姑でした。「ああいう人間にはなってほしくない」と言っていた母の表情が今でも脳裏に浮かびます。

自分で決めたから変えられる

交流分析に基づく心理カウンセリングに出会って、貴重な考え方や物の見方をたくさん学びました。その中でも私にとって特に希望に思えたことがありました。

人はそれぞれ様々な決断をしているけれど、どんな決断でも変えることができる、ということ。そして、その理由が「自分で取り入れた決断だから、自分で変えることができる」というもの。

自分には変わる力があるんだ、ということなんです。あの時の私にとって、それは大きな希望であり、救いのように思えました。

そして今は、その希望と救いを捨てなかったおかげで、今の「自分らしくラクな自分」になれたと思います。心理カウンセリングとの出会いに感謝すると同時に、あきらめなかった自分にも誇りを感じたりします。

・・・・

前半はこれくらいにして。続きの後半では、生きづらさからの回復途中での失敗談や、具体的な悩み回復のアプローチなどに触れたいと思います。

 

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